「おまちしておりましたよ、てんにょどの」
「なんじゃ、天女というても儂等と変わらぬのだな」
「いや、だから天女なんてそんな大したものじゃないんですってば」
ここの人たちは人の話を聞かない人ばっかりらしい。
一蓮托生
「てんにょどの、これはわがえちごでもゆびおりのめいしゅ、いっこんまいられよ」
「はぁ。では」
華麗なる謙信様が差し出された割に小さくも華奢でもない、むしろ大胆なほど大きな杯に口を付けぐいっと煽る。ほのかにとろみを帯びた液体が口中に流れ込み、喉の奥を滑り落ちていく。
「おお! なかなか良い飲みっぷりじゃ!」
「…おいし」
ふわりと柔らかな香りが立つお酒は清酒ではなくにごり酒。まろやかな飲み口に思わず声を漏らすと、謙信は嬉しげに目元をほころばせた。
途端に背中に突き刺さる視線に苦笑が浮かんだが、それは杯に隠れて見えなかったはずだ。
「やーっぱ、良い度胸してるよ、アンタ」
どこかからか聞こえてくる声にももう慣れた。
……いや、やっぱり驚くことは驚くのだけれど。
「幸村ぁ!! 天女殿に負けるでないぞ! 甲斐の漢の飲みっぷりを見せてみよ!!」
「勿論にござりまするお館さまぁぁぁ!!!」
「だから天女じゃないってのに……まぁ、いいけどさ」
かすがという矢鱈と色気過剰なくのいちの先導で連れて行かれた先は赤い人が属する陣営で、そこに待ち受けていたのはあろうことかかの有名武将・上杉謙信と武田信玄(と、名乗る人達)だった。宿命のライバル、なんて時代劇で何度も放映されるほどの二人が同盟を組んでいたなんて聞いたことがないと呆気にとられていたが、更に赤い人が自分は真田幸村だと名乗り、迷彩の人を猿飛佐助だと紹介するに及んで……はそれを受け入れた。
真田幸村というのは講談の中の登場人物で、実在したのは真田源二郎信繁だしかの人は武田信玄に直接仕えたことはなかった筈だ。猿飛佐助に至っては実在のモデルすらいない。ただ単に判官びいきな民衆のニーズに応えて生み出された架空の十勇士。その筆頭たるキャラクターでしかない。
けれど、それをどうこう言うのは無意味だと気付いたのだ。
何故ならば、の元いた世界にはタネも仕掛けもなしに火を出したり何mも垂直飛びしたり吹っ飛ぶほど殴られてもあざ一つできてなかったりその辺のものを凍らせたり出来る人はいないから。
もう、これは自分の常識の及ぶ場所ではないのだと。
割り切るほかにの取るべき道はなかったというのが正しいかもしれない。
そうして、一旦割り切ってしまうとあっさり順応できてしまうのがという人間だったりもする。
ずぶ濡れのままでは風邪を引く、と用意された着物に袖を通し、陣屋へ着くなり勝ち戦の宴と称して始まった大宴会に、あろうことか2大将の間へ座らされるやひっきりなしに注がれる酒を仕方なしに干してゆく。
こんな事態がそもそも厳格な身分制度のあった戦国時代ではあり得ない。ありえないのに今時分がその場の中心にいてしまったりするのだから、これはもう受け入れるしかないではないか。半ば諦め、残りの自棄も手伝って、飲み干す酒は流石酒どころ越後の領主が自慢するほどに美味く、ついつい量が進んでしまう。
そんなの飲みっぷりに触発されたのか、気が着けば座は無礼講を通り越して屍累々、阿鼻叫喚の図と化していた。
「…おや、みなはつぶれてしまったようですね」
「なんじゃ、だらしないの」
……いや、それは酷な評価ってもんじゃないでしょうか。
ってか、確か誰よりも聞こし召していたはずなのに、どんな肝臓してるんですか、お二方。
呆れたの視線の先で、「では」信玄が立ち上がる。
「むくつけき男どもの寝顔なぞ見ておっても酒が不味くなるばかりよ。ここからは河岸を変えて月見酒と参ろうではないか、謙信よ」
「まいりましょう」
続いて立ち上がった謙信は当然のようにを振り返る。
その真っ直ぐな視線に含まれた意味に気付かないほど、は鈍くはなかった。
「……お酒でなくて白湯かお茶で良いならお付き合いいたします」
「これしきの酒でもう酔ってしもうたのか?」
「充分頂きました」
あんなに飲んだのは実際久し振りだ。
元々アルコールには強い体質らしいが、飲むこと自体はそれほど好きでもないし、何より向うにいたときは上っ面だけの浅い人間関係しか作ってこなかったから、酔いつぶれるなんて醜態を曝すわけにもいかず、飲み会への参加も酒量も意図的に最低限に減らしていた。
「あ、それともう一つ…いえ、二つかな。お願いが」
庭に面した縁側へ一座が落ち着くと、が口を開いた。
「なんじゃ?」
「では……もし宜しければ佐助さんとかすがさんを同席させて頂けませんか?」
「つるぎを?」
「わけを申してみよ」
天井裏にでも潜んでいるであろう二人の名前を出した途端に空気が張り詰めた。
を見る2大将の視線は鋭さを増したものの、依然として害意は感じられない。そんなところにも二人の器の大きさを感じて、は知らず息を吐いた。
「どうせどこかで聞いているのでしょう? 知ってるんだろうなと思いながらお互い知らん顔し合うくらいだったら、目の前で一緒に話を聞いて頂いたほうが気が楽です。それに、隠すような話でもないですし」
「…そうですか。きいていましたね、つるぎ」
「はっ」
「佐助」
「はいは〜いっと」
呼ばわる一声に音もなく姿を現す忍二人は流石としか言いようもない。
「天女殿、風魔は呼ばぬのか?」
「……良いんですか?」
「この二人を呼んでおいて、あやつを呼ばぬのでは贔屓に過ぎようて」
「えんりょはいりませぬ」
「ありがとうございます。……小太郎さん」
「………」
黒い影がの背後に降り立つ。
小太郎はに命を助けられたことに恩義を感じているのか、あれからの傍を離れようとせず、結局の護衛のような扱いで武田・上杉陣にも受け入れられてしまった。
懐が深いにも程がある、とが呆れたほどだ。
勿論、それなりに監視の目が光ってはいるのだろうが。
「これで良いかな、天女殿」
「すみません、我侭を申しまして」
「良い良い。本来なれば幸村にも同席させるところじゃが」
「あー、無理無理。ものの見事に潰れちゃってるから。ありゃ耳元で怒鳴ろうが思いっきり腹蹴り上げようが朝まで起きないでしょうよ」
「ちょ、蹴る…って」
「大将がやったら起きるかもしんないけどねぇ。俺じゃあ無理だった」
既に実践済みか。
「…それでいいんですか?」
かなり問題なんじゃ…と眉根を寄せたに佐助も「そうなんだよね〜」と深刻そうに溜息をついて応じる。
「この乱世のご時世だってぇのに、いっくら自軍の陣屋とはいえあんな泥酔するなんてねぇ。ほんっとに武将の癖に甘いっつーか油断しすぎっつーか」
困ったもんだよ。
ぼやく佐助に「いや、そんなご時世に上司を足蹴にするアンタもアンタだ」とツッコミを入れかけて、ぐっと飲み込む。
信玄も気にした様子が全くないことから、多分、これも言っても無駄だと悟った。
「ま、安心してよ。天女さんのことは後で俺様からしっかり報告しとくからさ」
「宜しくお願いいたします」
…その方が、話の途中で幸村にいちいち叫ばれたりするよりも話は早いかもしれない。
なんてこっそり思ったことは内緒だ。
「……さて、何からお話しましょうか?」
新たに加わった3人に白湯が渡ったところで、がゆったりと口を開く。
「長い、長い話になります」
そしてとても複雑な。
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一蓮托生:仲間の者達がその行動や考えを同じくすること。